原作小説『悪童日記』翻訳者
堀 茂樹氏よりメッセージ

サファリ・Pによる『悪童日記』再演(2025)に寄せて

堀 茂樹

『悪童日記』は、1935年にハンガリーで生まれ、2011年にスイスで亡くなったフランス語作家アゴタ・クリストフが、1986年にパリで発表した小説です。2年後の1988年、続篇の『ふたりの証拠』が刊行されたのと同時に、フランスの名門出版社スイユ社の文庫に入りました。

まさにその折に、当時パリで起居していた私が、モンマルトルの丘に近い地味な界隈の書店でたまたまこの二作品を見つけ、一気に貪り読んだのです。帰国後の1991年から92年にかけて、東京の早川書房にかけ合い、91年にパリで原典の出た続々編の『第三の嘘』を含む三部作の邦語訳を上梓しました。

この『悪童日記』三部作は、当初無名だった海外純文学作家の作品の日本語訳としては稀有のベストセラーとなり、2001年からはハヤカワepi文庫に収録され、近年も版を重ねています。2013年には、映画化もされました。原作を深く読み込んだハンガリーのヤーノシュ・サース監督による見事なフィルム『悪童日記』は、今もU-NEXTで配信されているようです。

山口茜氏の演出による劇団サファリ・Pの『悪童日記』が登場したのは、2017年の春先だったと記憶しています。19年にはその再演を拝見しました。小説『悪童日記』の物語よりも、むしろ文体を舞台化すると謳い、途轍もない運動量の身体表現にいくつかのキー台詞を交えて、原作独特の言葉遣いを空間的に変奏した独創的作品でした。あれからまた数年を経て、今度はどんな舞台が創り出されるのか楽しみです。

世の中の状況が急速に変化し、混沌が深まっていることを念頭に置いて勝手に想像することが許されるならば、『悪童日記』の主人公である双子の少年やその他の登場人物たちが、条理もなければ見通しもきかない「出口なし」の時空の中で藻掻き、足掻き、行き詰まり、過激化していく様子を以前にも増して直視させる舞台になるのではないかな、という気がしています。

いずれにせよ、読書も、映画化も、演劇化も、原作が胚胎しているさまざまな可能性の掘り起こしであり、展開です。原作をどうにでも料理できる素材や道具として扱うならば、こちら側の自由は恣意性に堕します。こちら側の自由が真に創造的になるのは、原作のテクストを、字面ではないそのエッセンスにおいてはけっして可塑的でない一種の壁として、頑固な「他者」として受け容れるときに違いありません。

劇団サファリ・Pの方々による「テクストへの挑戦」を期待申し上げます。

(2025年1月31日記す)

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