『悪童日記』コソボ公演【クラウドファンディング】が始まりました!

 サファリP 第5回公演では、2017年に初演し好評を得たアゴタ・クリストフ作『悪童日記』を2019年2月~3月に大阪・八尾、横浜、京都にて再演しました。この一連のツアーは各界から身に余る評価を頂いたのですが、国内での評判にとどまらず、この作品が縁でコソボ共和国プリシュティナで開催されるアートフェスティバル第7回FEMARTフェスティバルから参加招待を受けることとなりました。

 私たちは、今まであまりなじみのなかったコソボという国について調べ、大使館の方のお話なども伺い、先方の担当者とも何度もやり取りを重ねてきました。そしてアゴタ・クリストフ自身が体験し、この作品で描かれている分断のモチーフとなったハンガリー紛争のすぐそばの国、そしてほんの10数年前に国が分断されて独立して生まれた新しい国で、この演目を上演できるというチャンスに運命的なつながりを感じました。
 先方の熱い思いと、日本の様々な方の支援を受けて、サファリ・Pはフェスティバルの参加を決めました。まだ設立されて間もない若い国の勢いが、サファリ・Pのそれと似通っていました。これを逃せば、今後コソボの方と関わることはないでしょう。私たちはこの機会を逃すわけにはいきません。

 しかし演劇を上演するには、たくさんのお金が必要です。フェスティバル側は、非常に魅力的な条件を提示してくださっていますが、コソボとの物価の違い(コソボ共和国の平均月収は3万円程度)もあり、必要な経費をまかなうことは出来ません。すべて自腹でまかなうことになってもいい、という覚悟ではいるものの、コソボ共和国という国との付き合いを、1回きりのことで終わらせたくありません。今回のご縁が無ければ、日本人の劇団がコソボという国で公演を行うということは当分無いかもしれません。今回つながった細い糸を、これから先も持続可能な交流へと広げていきたいと考えています。

 サファリ・Pというカンパニーが、外国でのフェスティバルへの参加や、国内外での外国人アーティストとの共同創作等を行いながら、息長く活動を続けていくためには、必要経費を何らかの形でまかなう必要があると考えました。私たちは現在各種助成金の申請など自己資金の確保に奔走しています。その結果左右されること無く、今回のプロジェクトを成功させたいと考え、この様な形で広く支援を募ることとなりました。もちろん助成金や自己資金の獲得状況によって、目標金額の設定を変更することを予定しています。

 私たちは、このフェスティバルに参加することで、今後観客の皆さんに多くを還元することができると確信しています。ぜひ、ご支援をよろしくお願いします。


◉ご支援いただける方はこちらよりお願いいたします。
(各界からの応援メッセージや我々の想いが掲載してあります。それをお読みいただくだけでも嬉しいです)

 

「やってみる演劇 2019」 予約受付開始!

 本日4月2日 9:00〜 「やってみる演劇 2019」の予約受付を開始いたしました!

 毎回、募集がかかるとすぐに定員に到達し、キャンセル待ちになる合同会社stampの人気企画「やってみる演劇」。今年もやります。しかも今まで以上に充実の内容でお届けします。
 関連企画も合わせると、講師は四人。脚本編では「山岡徳貴子」さんと「大内卓」さんにご登場いただきます! ワクワクが止まらないラインナップ! 実力派で個性豊かなお二人のワークをご堪能ください。俳優編は高杉征司、関連講座「脚本を読む会」は山口茜と合同会社stampのメンバーがナビゲートします。

 売り切れ必至のこの企画。早めのご予約をお勧めします。そして講師陣一同、みなさんのお申し込みをお待ちしております!

ワークショップ詳細・お申し込みはこちら

トリコ・A 12月公演に向けた読み合わせ稽古②

 3月27日と4月1日それぞれ午前と午後の部を開催しまして、合計四区分、述べ40名以上の俳優さんにお集まりいただきました。みなさん、お忙しい中お力をお貸しいただきありがとうございました!

 おかげさまで心から「やってよかった」と思える成果がありました。生身の俳優が読むことで立体的に立ち上がる戯曲、色んな俳優に色んな役をやってもらうことで見えてきた発見、そして、読み合わせが終わったあとで行った振り返り。この振り返りで、読んだ感想を交換したのですが、やはりそれぞれのバックボーンや演劇観があるのであって、出てくる意見も千差万別。同じ情報を受け取っても全然違う解釈になることは珍しいことではない。思い込みや頑なさを取っ払って、みなさんのご意見に耳を傾けると、人の多様性と台本の可能性が見えてくる。

 本格的に稽古が始まるのは秋だけど、時々こうやってみなさんのお力をお借りして作品の骨格を創っていきたい。なんの台本かって? 情報公開をお待ちください。

「続・やってみる演劇」現場レポート②

 1週間ぶりの再会。前回少し打ち解けた参加者のみなさんの関係性が初期化されているかも、そんなイメージで会場入りしたのだけれど、和やかな空気が流れていて少し安心。ウォーミングアップのゲームが始まるとさらに、加速度的に仲良くなってゆく。積み重なってゆく。「人間知恵の輪」と「連想ゲーム」をしたのだけど、私が頑張らなくても声を掛け合い、笑い合い、本当に楽しそう。これはいい発表になりそうだ。

 「連想ゲーム」での話。
 これは連想ゲームあるあるなのだけれど、自分が反応するべき言葉のもう一つ前に反応してしまいがち。例えば「野球」→「応援」→「ボール」みたいな。この場合の「ボール」は二つ前の「野球」からの連想であることが想像できる。瞬間的に妄想を膨らませ、言葉を紡ぐのは確かに難しい。失敗のリスクがある。何も言葉が出てこない、という。でも、失敗することは悪いことではないので、それを恐れず、瞬間に反応する癖をつけて欲しいと思い、その旨を要求してみた。するとみるみるみなさん瞬間に飛び込んでいく。そうするとゲームも今まで以上に盛り上がる。緊張感が増し、ゲーム性が上がったのだ。失敗も起こる。でもそれはみんなの笑顔に還元される。むしろ失敗した方が面白いんだ。ミスが許容される空間。だからみんな怖がらずにリスクをとって飛び込んでいける。ミスを恐れて安定的に進んでいたゲームはあまり盛り上がらない。淡々と回っていく。リスクを取ると途端に面白くなる。私たちの目的は失敗しないことではない。面白い物を創ること。楽しむこと。それがどういう仕組みなのか、その一端を全員がゲームを通して共有できたのだ。コミュニケーションゲームはアイスブレイクとして使われがちで、もちろんその効果はあるのだけれど、やりっぱなしにするのではなく、そのゲームの有用性を最大限に引き出せるルールの設定やコーチングがあるとなお良いのだろうと思う。それはその時集まった方々によって変わってくる。その場で起こっていることを的確に感じ取り、どうすればより効果的に進めることができるかを考える。ワークショップで即興性や感性や直感などを試されているのはむしろ講師の方だ。自分の立場は不動で、受講者の方を吟味し、教え、導こうとするとなかなかうまくいかない。自分の型に嵌めることになるからだ。トレーニングならそれもいいだろう。できないことができるようになるべく努力することを否定するものではない。この辺は当然議論の余地が大いにあるのだけど、「クリエイティブな空間を創る」という場作りを目的に臨んだ今回のワークショップにおいて、今回の経験は実に印象的だった。

 私の書いた台本を4チームで同時に創作していく。同じ台本でも、同じ役でも、やる人によって、演出によって、全然違うものになる。年配の男性がやりがちな上司役を若い女性がやると作品に変化が生まれる。しかもそれは全然おかしなことではない。セリフで言っていることに捉われず心の中に設定を持つ。相手に合わせているだけなのか、商品を売りたいのか、お客さんに早く帰って欲しいのか。それだけでセリフの言い回しも間も立ち姿勢も全然違ってくる。舞台を広く使うこと、逆にあえて狭く使うこと。相手を説得する時、真摯にいくのか、恫喝するのか、お色気作戦に出るか。出演者の方々の演技を拝見して、それを活かす形でどんどん変化を加えていく。そういう考え方もあるか、あの作品がこうなるか、と観ている方も大変刺激を受けておられた。一度可能性が広がり、創作意欲に火が付くと、あとはどんどん自分たちで工夫していける。最後の自主練習は外から見ているだけで大満足だった。

 発表も終わり、振り返り。
 みなさんの言葉に実感がこもっている。ワークショップを振り返るとき、ファシリテーターの欲しい言葉を推測して話すという無意識の強迫観念のようなものを感じることは多い。もちろん面白くなかった、とか、果たしてそうだったろうか? と異論を挟むのは勇気がいる。なかなかあの場で言えるものではない。でも実感のないことはあまり口にしないように心掛けている。実験を検証し、成果を共有する場だと思うので、理想の結果を想定して、「あたかもそうであったかのように」情報を操作するのはワークショップの意義が薄らぐように思うからだ。みなさんの実感を共有し、持ち帰り、次の現場に活かしていく。我々が当たり前に、何気なく見ていた世界の見え方が少し変わったなら嬉しい。

トリコ・A 12月公演に向けた読み合わせ稽古①

 本日3月27日、トリコ・Aの12月公演に向けた読み合わせ稽古を行いました。10:00〜12:30と13:00〜15:30の二部構成。述べ20名の俳優さんにご協力いただきました。1週間程度の募集期間だったにも関わらず、本当にたくさんの方にお集まりいただきまして感謝いたします。

 やはり実際に俳優が読むと、文字で描かれた世界が立体的に立ち上がってくる。色んな役を色んな人が演じると、役柄や世界観の色んな可能性が見えてくる。演出の山口さんも随分と作品を立ち上げる参考になったようです。参加者の皆さんも「楽しかった」と帰って行かれました。10代〜70代まで、老若男女との新しい出会いや再会。やってよかった、本当に。

 最後は各自の感想を伺いました。自分の読んだ役の感覚に照らし合わせたご意見がたくさん出てきたことにハッとしました。文字で読んで感想を言うなら、もっと構造などの俯瞰した話になるのだろうと思います。しかし、演じた上での戯曲の感想はその役と自分を重ねた極私的なものになるんだ、という新鮮な驚き。身体を通すことの有意性、またはそのイニシアチブの強さ。そんな明らかな影響を目の当たりにし、「私たちはそんなことをやっているんだ」と俳優業について再認識しました。

 公演詳細は情報公開をお待ちください。主催者からのGOが出ましたら即時アップいたします。そして次の読み合わせ稽古は4月1日。またたくさんの俳優さんにお越しいただきます。皆さんのご協力と想いがトリコの作品を確実に押し上げてくれます。次回の報告もお楽しみに!

高杉 征司

「続・やってみる演劇」現場レポート①

 合同会社stampが公益財団法人茨木市文化振興財団さんとタッグを組み行うワークショップ「やってみる演劇」。前回は【脚本編】(全8回)、【俳優編】(全4回)を2018年9,10月に開催しました。これがとても好評で、キャンセル待ちになったり、またやって欲しいとの受講者のお声をいただき、「続」として帰ってきました。宣伝しようと思った時にはすでにキャンセル待ちの状態だったので、情報公開が今になってしまいました。茨木の文化的ポテンシャルは計り知れない。

 私(高杉)が講師と作・演出をさせていただいていたシニア劇団の方や前回の参加者の方がチラホラ。リピーターが多いのは嬉しいです。そして半分は初めての方で、まさに「このバランスで発展させたい」という願いが通じたような座組み。リピーターしかいないとどこか「閉じた世界」になってしまうし、新規ばかりだと「お、面白くなかったのかな…」と不安にもなる。半々くらいで継続性を持って更新していきたいです。

 今回は「全2回」と短期決戦なので、ゲームも短めに。とはいえ、初めて会う人同士が演劇で密に絡み、自己を晒すのはなかなかにハードルが高く、ゲームを疎かにはできない。「歩く止まる」や「人間知恵の輪」「ビンバンボイン」などで楽しい時間を創っていく。気をつけたのは「コミュニケーション」と「刺激に対するレスポンス」。端的に言えば「目を見ること」「触れること」「話すこと」「反応すること」。目が合うだけで笑いが込み上げてくる。歩いているだけなのに遊びが見つかってくる。意識が外へ向いていく。今回一番面白かったのは「歩く止まる」で、私が二回手を叩くと近くの人と手を取って、自己紹介して、座るとき。それまでずっとお互いをけん制したり、緊張していた空気が一気に和んでいった。方々で会話が始まり、笑顔が溢れ、多目的ホールの雰囲気が一瞬でやわらかーくなっていった。それまでに少しずつほぐれていたこともあると思うけど、やはり「手を繋ぐ(触れる)」ことの親密感ってすごいな、と思った。そして「自己紹介(自分を表明すること)」。自分への責任と相手への安心。こういう社会性と人間性の中で我々は生きているんだと再確認。

 「おはようの一言で」。たった一言のセリフでも人格や関係性、場所や環境によって全然違う言い方になる。言い方だけではなく「間」「目線」「身体」も劇的に変わる。二人の距離が遠ければ手を振るだろうし、静かな図書館では肩に触れ、唇を動かすだけになる。好きなら見つめ合い、嫌いなら目も見ない。反対に、好きという信頼関係があれば逆に目も見ないかもしれないし、嫌いであることが相手に伝わらないように敢えて普通に(あるいは好きであるかのように)接することもある。気まずければ間が空くし、気分が乗れば間を詰める。本当に多岐にわたる。「おはよう」という一言でこんなに遊べるのだ。演劇の、演技の、可能性や日常性をしっかり身体を通して感じていただいたところで、台本に入る。

 適当にチーム分けし、同じ台本に取り組む。「いわくつき物件」という、以前私がws用に書いた超短編5人芝居。欠席やキャンセルがいくらかあったので人数は合わないが、来週は揃うだろうと進める。配役を順繰り入れ替えながらの読み合わせ。最後は配役を決めて終了。「セリフ、覚えてきた方がいいですか?」なんて積極的なご意見も出てきていい感じです。演劇は初めてです、なんて方も普通にセリフを口にされる。演劇の奥の深さとは裏腹に、この取っ付きやすさも魅力なのだろう。来週はいよいよ作品づくり。皆さんの想像力を刺激したい!

高杉 征司

サファリ・P『怪人二十面相』演出助手・制作助手を募集します

 この度、合同会社stampでは、サファリ・P『怪人二十面相』の稽古場のレポートや制作補助、企画制作会議への出席を通じて、演劇製作に関わっていくことに興味がある方を若干名募集します。演劇公演の制作・広報に関する企画立案と実施を積極的に行っていただける方につきましては、助手ではなく制作者として継続的にstampの活動に参加していただきたいと考えています。
 
 これまであまり演劇とかかわりがなかったけれども、芸術に携わる機会がほしいという学生、社会人の方を歓迎いたします。学業やお仕事の傍らの参加でも結構ですので、少しでも興味を持たれた方はぜひご応募ください。
 
 演劇と社会をつなげること、ひろげることに意欲的な方のご応募を期待しています。
 
 ご応募につきましては、下記の「○応募条件」「○仕事内容・条件」をご確認いただき、「○応募書類要項」の7点を記載したワードファイル等を添付したEメールで下記アドレスまでご連絡ください。また、何かご不明な点がございましたら、下記アドレスまでお気軽にお問い合わせください。
 
 
応募先アドレス
 
 
 
締め切りは3月31日(日)です。ご応募いただいた全ての方と4月上旬に30分程度の面談を行う予定ですが、応募者多数の場合は書類で選考する場合があります。ご了承ください。
 
○応募条件
 
・京都市在住、あるいは京都市内に通える方
 
・20歳以上30歳くらいまで
 
・サファリ・Pやトリコ・Aの舞台作品を観たことがある人
 
・基本的なPCスキルがあること
 
(ワード、エクセル、パワーポイント等で文書作成ができること)
 
・演劇の観客を増やすことに興味があること
 
 
 
○仕事内容・条件

 
*2019年4月から8月まで月数回、制作作業やミーティングに参加。報酬:50,000円
 
*サファリ・P『怪人二十面相』ツアー(7,8月東京、京都)での劇場付き 日給5000円(参加可能日は応相談)
 
*遠距離の交通費は当社で負担します。
 
*近距離の交通費は自己負担となります。

○応募書類要項(書式自由)

 
①氏名
 
②年齢
 
③住所
 
④メールアドレス
 
⑤電話番号
 
⑥観たことがあるトリコ・Aもしくはサファリ・Pの作品と、作品を観て感じたこと、考えたこと
 
(観たことがある作品名を除いて400字以上、上限なし)
 
⑦今後、合同会社stampでの活動を通じて、演劇にどのように関わっていきたいか
 
(400字以上、上限なし)

 
みなさまのご応募を心待ちにしております。
 
 
合同会社stamp

トリコ・A 12月公演稽古参加者募集!

トリコ・Aでは、次回上演作品の創作に先立ち、下記の要領で本読みの稽古を実施します。
参加してくださる俳優の方を若干名募集いたしますので、みなさま奮ってご応募ください。

○日程

3/27(水)10:00-12:30

3/27(水)13:00-15:30

4/1(月)10:00-12:30

4/1(月)13:00-15:30

○場所
京都市内

○募集する俳優の条件

20代、あるいは20代に見える女性 若干名
20代、あるいは20代に見える男性 若干名
60代、あるいは60代に見える男性 若干名
60代、あるいは60代に見える女性 若干名

俳優として舞台に立った経験がある方

*この稽古はオーディションではありません。

参加を希望される方は、応募アドレスまで下記6点の事項を明記の上ご連絡ください。

締切は3月24日(日)中です。みなさまのご応募をお待ちしております。

○応募先アドレス

toriko.a@stamp-llc.com

○連絡事項

①氏名

②年齢

③住所

④メールアドレス

⑤電話番号

⑥参加可能な日時(複数選択可)

『悪童日記』の躍動日記③

 『悪童日記』ツアー2018が終わりました。
 八尾に始まり、横浜を経て、最後は地元・京都に錦を飾る、足掛け三週間の長い旅でした。大きな事故や怪我もなく、無事に終えることができたことに感謝です。そしてお世話になった劇場の方々、お越しいただいたお客さん、ご協力いただいたたくさんの方々、いつも我々の要望に全力で応えてくれるスタッフの皆さん、そしてご来場は叶わなかったものの気に掛けて応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました。この場をお借りして御礼申し上げます。


撮影:松本成弘 @京都府立文化芸術会館

 思えば私(高杉)は12月も1日から24日まで『財産没収』のツアーに出ていたのであって、ひと冬で三都市ツアー(『財産没収』は試演会を入れたら四都市!)を二本回すという荒技に出た。なぜこんな荒技を敢行したかというと、「再演だしイケるか!?」という軽いノリだったような気もするし、「これくらいの強度で進んでいくのだよ!」というある種の覚悟であったような気もするのだけれど、結局のところは何も思い出せない。始まってみれば、当然制作も創作も二本同時並行なので、相当バタバタした。大きな犬と一緒に白浜あたりに身を隠したいと思ったことも一度や二度ではない。
 サファリ・Pは稽古をたくさんすることでこの界隈ではちょっと有名なのだけれど、それは「再演」であっても変わりなく、『財産没収』も『悪童日記』も弾むように稽古した。稽古初日に初演の芝居を立ち上げてみるのだけれど、それは問題点・改善点を洗い出すためであって、初演を踏襲する気などサラサラない。お芝居っていうのはよく干したスルメみたいなもので、噛めば噛むほど味が出る。『財産没収』再演で何に取り組んだかはそっちの記事を読んでいただくとして、ここでは『悪童日記』に話を絞る。


撮影:松本成弘 @京都府立文化芸術会館

 まず問題は「プロセニアム」であること。
 これは本当に難題で、最後まで我々を苦しめ続けた。翻って、それはやり甲斐ということになるのだけれど、今は終わったからそんな悠長なことを言っていられるのであって、当時の私はずっとすい臓の裏辺りがヒリヒリしていた。
 今作に限って言えば、プロセニアムの問題は「サイズが大きい」ことではなく、「客席が舞台を見上げる」ことだった。もちろん大きいことも簡単ではなく、60席が420席になるのだから、そのサイズ感の演技・動きに変えていき、観客の遠さも意識して作り直さなければならない。しかしそれは「アジャスト」というレベルの修正なんだと思う。しかし「観客が舞台を見上げる」構造は如何ともし難い。初演の会場は「アトリエ劇研」「こまばアゴラ劇場」「シアターねこ」。いずれも客席はひな壇を組んで舞台を見下ろすスタイル。我々はそれを意識して舞台美術の平台ワークを考えた。十字架になったり、チクタクバンバンをしたり、道になったり、台の下に人が隠れると見えなかったり。平台の組み合わせや動きが上から見て楽しめる構造を作り上げたのだ。しかし、お客さんが舞台を見上げるとなると、初演で創ったビジュアルイメージがことごとく無力化されてしまう。これは本当に困った。もちろん舞台美術を0から考え直し、全ての段取りをつけ直す時間などない。それは新作一本創る労力が必要で、再演ツアーの時間配分では絶対に対応できない。是が非でも初演をアレンジすることで乗り切らねばならない。脾臓の裏の辺りがカサカサする。
 色々試してみて実践したのが、「台を立てる」「台の下の人を見せる」「台の天板の組み合わせの形を見せることがこの芝居の面白さの本質ではない、と自分達に強く言い聞かせる」、この3点だ。どれも非常に強力な作り直しの根拠になった。中でも三番目は冗談っぽく書いたのだけれど、意外とこれが一番効果があった。身体性や発話で世界を象っていくこと、物質や次元ということも含んだ「存在」への哲学的問いかけ、躍動感、スピード感、静止と静寂などがこの作品の面白さの本質であって、平台の組み合わさった形はその補助にすぎない。なので、芝居のダイナミズムをしっかり生の迫力で提示できれば、天板が見えないことなど恐るるに足らず、と考えたわけだ。とはいえ、蓋を開けてみるまでは不安でいっぱいだったのだけれど、2月10日、八尾プリズムホールのカーテンコール、万雷の拍手でお客さんに迎えられた時、「我々のやってきたことに間違いはなかった」と確信できた。

撮影:中筋捺喜 @八尾プリズム小ホール

 フィジカルが物を言う芝居なので、43歳の身体には幾分応えた。「大きな怪我もなく」と冒頭に書いたけれど、逆に言えば小さな怪我はたくさんあったわけで、佐々木ヤス子さんはギックリ腰と闘っていたし、私はふくらはぎがずっと肉離れを起こしていた。そしてこのワークをこなすには筋力もいるし、スタミナもいる。それらがないなら身につける(取り戻す)しかないのであって、できることしかやらなくなったら、そこで作品も表現者としても終わる。中筋さんの執筆してくれた稽古日誌にも出てきたけど、みんなでトレーニングに打ち込んだ。こんなの20代以来だ。
 プランク2分 → 腕上げジャンプ10分 → ゴキブリ体操3分 → 逆立ち1分 → 背筋キープ2分 → プランク2分。これを1分のインターバルで回し、最後は平台を積み重ねたオブジェを飛んで潜ってのアスレチック5周。トレーニング後は、パンパンに張ったダル重い筋肉、滴る汗、切れる息、そんな悦びを感じながら各自持参したプロテインをガブ飲みする。
 演出が悩み始めたり、休憩時間やちょっとした空き時間ができたら、みんな壁のないところで逆立ちを始める。腕立てをする。ローラーで腹筋を鍛える。高タンパクな食物を紹介し合う。「アーティスティックな作品ですね!」なんて形容されるが、内実は超変態筋肉劇団なのだ。一方で、その変態性にこの作品が支えられていることに疑いの余地はない。とにかくなんであれ「歳のせい」にはしたくない。筋肉は裏切らない。「50歳になってもこの作品やってたいな…」トラックでリノリウムを運びながら、独り言(ご)ちるように呟いた。助手席に座る達矢くんは微笑みながら頷いた。

文:高杉征司


撮影:松本成弘 @京都府立文化芸術会館

『悪童日記』の躍動日記②

 『悪童日記』国内ツアーもいよいよ最後の地、京都に来た(というより戻ってきた)。
 八尾、横浜と回を重ねた上演は、さらに進化していた。ぜひリピートしてほしい。

 小劇場という空間は面白い。観客と俳優の距離が近く、その分観客と作品の距離も近い。迫り来る熱量が、一般的なプロセニアムの劇場とは段違いだと思う。
 この『悪童日記』の上演もプロセニアムで、観客と俳優との物理的な距離は遠い。むしろ、遠くていい。できるだけ上演・作品を俯瞰して見ることで、かえって一見わかりにくい双子の輪郭がはっきりとしてくる。双子もまた、感覚を失い、まるで幽体離脱しているかのように自身らを俯瞰してゆく。よく言うことではあるが、客観視することで初めてわかることがある。私達も、双子に感情移入するのではなく俯瞰し、徹底的に客体になることで、見えてくるものがあるのではないだろうか。もちろん、俳優の身体が迫ってくるのは前の方の席だとは思うが、折角なので俯瞰してみていただきたい。

 さて。
 ここからは私の個人の感想になるのだが、この作品を初めて見た時に感じたことは、「乾いている」という感覚だ。
 『悪童日記』のテキストから引用したセリフの数々は、生々しいものが多い。生/性への欲望がはっきりと描かれる。言語化される。戦時下で、人はこうも欲望が剥き出しになるのかと、戦争はおろか震災もほとんど経験したことの無い私はそれだけで震え上がるほどに恐ろしく、そして異常なものへの気持ち悪さ、または憧れを感じる。元々性的なものが苦手だし、演劇的表現であっても性的なモチーフを見せられるのは苦手だったし、生死に関わることも出来るだけ見たくないと目を逸らしてしまいがちな人生を送ってきた私だが、このサファリ・P『悪童日記』を見た時には、全く目を逸らしたいと思うことはなかった。これはもしかすると、物理的な距離によるものかもしれないが、それ以上に演出の妙なのだろうなと感じる。出演者の方々は叙情的ではなく叙事的に、声と身体を使って文体を体現する。その声と身体で表現される双子は、明らかに生への欲望があるにもかかわらず、物語に重きを置くのではなく文体に重きを置くことで、双子の「乾き」を描き出しているのだと感じた。

 人はついつい物語を追ってしまう。「ドラマチック」だからだろうか。しかし、物語を追うのではなくその表現の徹底、表現の強度を追うことでこそ見えてくるものがあるのではないだろうかと感じる。

制作助手 中筋捺喜